覆面座談会 後編
 
ある「大作家達」による覆面座談会(前編) 野性時代(角川書店) 1994年7月号「特集 大沢在昌」より
 
■新宿鮫について
 
編集部 『新宿鮫』を読んだ時の正直な感想はいかがでしたか?
K方 俺は、「あ、褒められるかな」と思って嬉しくて、他に褒めるやつがいないだろうと思ったから一生懸命褒めたわけ。そうしたらみんな褒め始めてさ。やっぱりまずいなと思って、俺が火を付けたかなと思って後悔したな。
F戸 うぬぼれが強いからな。
K方 それ以後、おれ悪口言ったけどね、『新宿鮫』のね。
F戸 このおとうちゃんが一番最初に裏側で書いたんじゃないか。
O坂 あれも、もしかすると売れないんじゃないか、という心配があったから※29。何とか売りたいなと思ったわけです。べつに褒めすぎたということはないんだけどね。でも、あんなに売れるとは思わなかった。
   
※29 このご恩は一生忘れません、だから早くサラリーマンやめて。
K方 あれは売れすぎだね。
O坂 タイミングの問題で、あれが三年ぐらい前だったら別に話題にもならなかったと思うよ。
機がだんだん熟してるということがあるんだよね。
F戸 それまでの大沢はガキだから、『くりくりクリス』とかね※30
   
※30 やめんか、ちゅうとるだろうが。
K方 大沢も努力はした。
F戸 したね。内妻のよ、よくやったよ。
O坂 努力がすべてだね。
K方 大沢が昔言ってたのは、努力するのも才能だなって。
やっぱり自分の才能の質を認識してたね。
F戸 わしらみたいに才能だけで生きてるのもつらいね※31
   
※31 悪口とタカリの才能か。
K方 俺たち才能だけでさ。そこにもっと商才というのが入れば売れるのかもわからんな。
O坂 才能と男っぷり。
K方 S水さんは『新宿鮫』読んでないんだよね。
S水 読んでるよ。俺も『新宿鮫』が出たときは嬉しかったけど、大沢の真骨頂というのは佐久間公シリーズだと思うんだ。
いま大沢は普通の作家になりつつあるから、このまま森繁久弥のようにはなってもらいたくないんだよ。いま「小説現代」に連載してるでしょう※32。あれ悟っちゃってるの。もう一回初心に戻らなければいかんと思う。
   
※32 実はその点はいろいろある。待たれよ単行本の出版を。 (まるひ注:『雪蛍』のことです)
O坂 そう言われると中年になったよね、大沢も※33
   
※33 まだ髪には不自由していない。
S水 佐久間公シリーズみたいな小説を書くやついないんだよ、日本には。これからは売れると思うんだけど、あんな悟ったおっちゃんになってるのを見てると、淋しくなるね。
O坂 『新宿鮫』読んだときは、『氷の森』で急に大人の作家になったなと感じたんだけど、そこからちょっと後戻りしたと思ったの。それが若書きと大人の小説の中間ぐらいで、二歩行って一歩下がったみたいな感じがしたのね。
それでちょうどいいバランスで受けたのかもしれない。
F戸 大沢の鮫シリーズで最高は、俺は『毒猿』だと思ってんだよ。
O坂 二作目ね。
F戸 四作目の『無間人形』、あれは窮したときに使う手なんだよ。つまり一番最後に――。
これを使っちゃったというのは創造力に若干の問題性があるんじゃないかという気はしたな。
K方 『無間人形』っていうのは、贈呈本が間に合わなくて六刷かなんか送ってきた。俺はだいたい初版を集めてるのに。
六刷の献本なんてあると思う※34
   
※34 それは俺のせいじゃない。
S水 ないね。珍しい。
K方 はっきり言って、嫌味だよ。
F戸 しかしよかったよな、大沢もちゃんと出世できて。
昔はどうなるかと思ってたけど。
K方 人間は死ぬ前にパッと光るときがあるんだよ。
O坂 ろうそくみたいにな。
K方 そうそう。まあ六月まではもたないだろうから。
「野性時代」のこの企画も幻の企画になるかもしれない。
S水 追悼特集(笑)。
F戸 タイトルそれにしよう。
編集部 『新宿鮫』が爆発的に売れたあと、大沢さんになにか変化はありましたか。
O坂 奥さんに聞いたほうがいいんじゃないの。
K方 すごく傲慢になって、編集者をいじめてるらしい※35
   
※35 クルーザーを買ったものの燃料代がでず、各社編集者を集めてオールをもたせ、ガレイ船のドレイにしているあんたとはちがう。
O坂 人を人とも思わなくなった?
F戸 それはあるな。
K方 俺たちにそれをやりゃ、悪口を書かれたりギャーギャー言われたりするから、俺たちには警戒してるよ。でも担当の編集者に聞くとわかるんだよね。
F戸 俺も悪い噂聞いてんだよ。
O坂 それをぜひ聞こうじゃないか。
F戸 とにかく鼻高々になっちゃってよ。こういう会があったときには黒塗りの車を自宅の前に回してよこせとか※36、難しいことを言うようになったっていうんだよ。人間出世すると人格まで歪むね(笑)。
   
※36 黒塗りの車って何?
S水 俺は時々こうやって飯を食わしてくれてればいいよ。気が楽になる。
O坂 将棋のときとは全然違うじゃない。いつもは手を出したくて出したくて、しょうがないくせにさ。
K方 何かしらんけど、棋翁戦が始まってから、この三人には、俺と大沢の頭じゃ駒の動かし方も覚えられねえとか※37、とんでもないこと書かれてないか。
   
※37 駒の動かし方は幼稚園のときから知っている。ただ仲間にされたくないだけだ。
O坂 いろんなこと書かれた。そう言えばね。
 
■仕事から遠く離れて
 
編集部 では、酒場でのエピソードや女性関係など、遊び全般の中で、大沢さんについて何かありましたら教えてください。
F戸 こいつはよ、『新宿鮫』であれだけ成り金になったくせに、新宿に足を運ばんのだよ。銀座とか六本木だけでよ。これは新宿に対する裏切り行為だよ(笑)。こいつに惚れた男が新宿におるのに※38
   
※38 いつだったか、私の「処女」を彼に100万で勝手に売りつけ、なおかつ60万をぽっぽにいれて、「大沢、お前と寝られたら40万だす、ちゅうとる奴がおる」
K方 それは俺も知ってる。
F戸 最初は北方謙三に惚れてたんだけどデブになってから嫌だって(笑)。
K方 おれが冷たくしただけの話よ。
O坂 それで大沢に行ったわけ。そのあと俺にならなかった※39
   
※39 今は花村萬月に惚れている。毛のない男が好きらしい。
F戸 なったんだよ。
K方 大沢はやられたらしいよ。深く長く。
F戸 俺が、こいつがデカマラだって聞いたのはその男からなんだ。
K方 なんだ、じゃあやられてないよ。でかくねえもの。
O坂 でかいとかでかくないとか、基準が自分のだからあてにならんな。
K方 しかし、大沢の腹っていうのはなんで下だけドーンとでてんの※40
   
※40 俺じゃない。
志水 俺、最近おかゆ食ってんだよ。体重が増えるから。ウィスキーにカロリーがあるって知らなかったし。度が強いほどあるんだね。
逢坂 ワインなんかあるよね。
北方 ワイン飲んでるほうが身体にいいみたい。
逢坂 これはアルカリ性だから。
北方 でも俺、ワインを飲んで女とやろうと思うとできんのだよ。
船戸 ウィスキーならできんの?
北方 ほかのものなら大丈夫なの。よくフランス料理食うじゃない。
結構ワイン飲んだあとって、アレッていう感じなんだよ。
船戸 わしゃ、女とやるときいつも酒飲んでんぞ。
北方 おっちゃん立つのかよ。
船戸 当たり前じゃない※41
   
※41 見栄をはるな。高血圧で痛風でマラリアもちの日本唯一の作家。
北方 おっちゃんの場合、いつも立ってるっていう話知らない?
船戸 こないだ俺に理想の死に方というエッセイの依頼が来たんだよ。それで自分のことは書かずに、他のやつのことみんな書いた。
逢坂 いつものパターンだ。
船戸 このおとうちゃんは腹上死。
志水 俺のことも書いたのか?
船戸 いろいろ書いた。大沢はペニス肥大症とロウソク病の併発死※42
   
※42 各編集者よ、このオッチャンにエッセイを依頼すると、良識ある読者が失われていくことを心されたい。
北方 よっぽどでかいっていう誤解をしとるんだな。
船戸 いつも威張っとるぞ、でかいって。
北方 でっかいやつは威張らんもんよ。あいつは、いつもやる前に「ちゃんと洗ってね」って言われてるって話だよ※43
あそこ落とすのが大変らしい。
   
※19 「歩くハードボイルド」の言葉とは思えない。痛ましや。
 
■大沢在昌に期待すること
 
編集部 最後に、今後の大沢在昌に期待することはありますか。
逢坂 私は時代小説を書いてほしいね※44
   
※44 だからお父上(画家中一弥氏 池波正太郎氏の挿画で有名)と自分が組みたくないからって (いい加減な描写を書くと厳しく叱責される)、人に書かせようとしないように。
志水 僕はギャンブル小説。
北方 仕事をしろなんて、そんな期待してるわけ?本心を言いなさいよ、女の腹の上で早く死ねって。
船戸 あれ、もう死んでるんだろ(笑)。
北方 まあ、俺も今のは撤回して、ノーベル文学賞を取ってほしいね(笑)。
逢坂 小生の後でな。
船戸 いいね、ノーベル文学賞。
志水 文化勲章はありうるよな。
北方 大沢んとこの宮部はありうるかもわかんないね※45
   
※45 宮部みゆきあっての、我が大沢オフィスであります。
船戸 こいつは何か、将来役に立ちそうなやつには美味しいこと言うんだよ。逢坂剛とか宮部みゆきとか。
逢坂 まあ、在ちゃんの功績は直木賞を庶民の手に引き戻した、というところかな。
船戸 昔、大江健三郎が芥川賞を取った時には幾多の有能な若い才能が筆を折ったと。大沢が取ったことによって誰もが筆を取りはじめるよ。
逢坂 結論が出たようですね。
 

というわけで
4人の覆面作家の正体は
逢坂 剛さん 北方謙三さん
志水辰夫さん 船戸与一さん
でした!

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