――黒史郎さんによる書き下ろし小説『ラブ@メール』が、このたび出版されました。この機会に、お知り合いでもある先輩のお二人に、黒さんの前途を後押ししていただけたらと思うのですが。

平山 黒ちゃんの新作『ラブ@メール』っていうんだ。

京極 これはホラー?(と、ゲラを読み始める)

黒 ホラーでもないですね。どちらかというとゾンビパニックに近いというか。

京極 まあ、ホラーかなんぞという、ざっくりとした括りなんかはどうでもいいですけどね。黒作品の場合は特に。越境的なところが魅力なんだし。ゾンビパニックに近いっていうと……アンデッドが出てくるわけ?

黒 アンデッドは出てこないです。恋愛関係にある人たちが全世界でいっせいに死んでしまうんです。シングルの人たちは向けどころのない……。

京極 あ、わかった! 面白いその設定は!

平山 また、気持ち入ってないねー。

京極 いや、入ってますから。呑み込んだ。それ面白い。

平山 ほんと? どこにキモがあるの?

京極 今聞いたらわかるじゃないさ。

平山 じゃあ、おれも面白いと思う。

黒 ほんとですか?

平山 面白いよ、ゾンビがさあ。

京極 だから。ゾンビは出ないって言ってるじゃん(笑)。気持ちが入ってないのはどっちなんだよ。

平山 違うんだよ。だから、愛した人間が死んじゃうんでしょ? ということは憎しみあう人間しか残っちゃいないんだよ。つまり生き残った人間は全員外道・外道しかいない外道小説なんですよ。

京極 外道が好きだなあ。ちょっと油断するとすぐにそっち持って行くからな、この人。そうじゃなくて、愛し合っちゃうと死んじゃうってところがミソなわけでしょ?

黒 そうです。最初はつがいが世界中で同時に死ぬんです。でも残っている者がいて、それは相方を探すんです。死ぬためになんですが。

平山 つがいになると死ぬんでしょ? だから、いつも憎しみあっていないといけないわけよ。外道天国だね。

京極 いや、別に憎しみ合わなくてもいいじゃないか。愛し合わなければ助かるって話しなんでしょ?

黒 そうです。そういう感じで……。

京極 あのね平山さん。愛し合うか憎しみ合うかの二者択一ですか世界は。あなたの場合、好きでも嫌いでもないという選択肢はないわけか?

平山 でも俺、こないだ新宿で便所に入ったんだよ。

京極 なんで便所の話になるんだい!

平山 便所ってのは坂とおんなじなんですよ、車でいえば。登りが優先じゃないですか。登り坂って停止するの大変でしょ? おんなじように、便所ってのは入る人優先なんです。出た人って幸せな感じになってるでしょ。ね?

京極 そりゃ、そうだけどさ。

平山 入って行ったら、出がけの若い兄ちゃんがグリグリってしましたよ、僕の下腹。こんな狭いところでグーリーグリグリって。おっかしいんじゃないのって思いません? 赤の他人で、しかも膀胱の膨らんでる人をグリグリしますか?

黒 しちゃいけませんよね。

平山 これが『ラブ@メール』の世界です。

黒 えっ? なんですかっ?

平山 『ラブ@メール』はグリグリする人がいっぱい出てきちゃうんでしょ? 人のことをいい奴とは思わない奴だけが、残ってるんですよ。

京極 うーん。どうしてもそうしたいんだなこの人(笑)。ま、そうだとしても、ですよ。そういう外道だけが残ってる外道パラダイスという話ではなくて、愛し合うと死んじゃうよう、という話なんですよ。

平山 あ、じゃあ、いい人も憎しみの心でなくちゃ生き長らえないの?

黒 まあ、そういう人もいる。

平山 外道が一番生きているみたいな。

黒 まあ、外道も生きていますけど。

京極 どうあっても外道にしたいんだ。まあこの場合、外道は死ににくいんだろうけど。

黒 はい、死なないってことも……。

京極 でも外道だって愛し合うでしょうに。憎むってことは愛するのと同じ心ですよ。この場合は無関心が一番いいってことになりますよ。というか、あなた、平山さん。外道の話にばっか水を向けないでくださいよ。で、黒くん、書いててグっとくる読ませどころというか、そういうのはある?

黒 狂っている人が暴れているところですね。

平山 ふははははははは。

黒 皆つがいが欲しいので、女子高生がオッサンに群がったりしてね。でもつがっちゃったら死んじゃうんですよ。だから逃げたりもするんですけど、でも……。

京極 つがわざるを得ない、と。なるほど考えましたねえ。病が蔓延して世界が滅びる的なパターンの話って、もういっぱいあるじゃない。大体構造は一緒なんだけど……これはパニックになる基準がずれてるから、新鮮ですね。

平山 ようは、磁石のプラスとプラスがくっついちゃわない、リンダ困っちゃうみたいなもどかしさもあるみたいな?

黒 え? う……そういうことですかねぇ(苦笑)

京極 ラジオでやってる「デルモンテ平山の観てない映画評」とおんなじで、なんとなく合ってる感じがするから嫌だな(笑)

京極 この小説は、そのウィルスの特性をまず考えて、そこからストーリーが派生したんですか?

黒 いや、そうではなくて「愛は地球を救う」という言葉をひっくり返せないかと思って。僕、ああいうの好きじゃないんで。

京極 なるほど。コンセプト優先なんだ。

黒 以前に、人間に感染するコンピュータウィルスという小説をウェブで発表したんです。そのウィルスには何種類かあって、中のひとつがこれだったんです。タイトルとアイデアだけ引っ張り出して、原型はほぼなくなりましたけど。

京極 そういや、平山さんと僕も「愛は地球をすくわねえぞ」という対談をしたね。

平山 あったあった。「愛はろくでなし」みたいな。あんなのはカビとゴキブリとおんなじだよ。ほっときゃわくんですよ。

京極 わきすぎると害があるから駆除しなきゃという話をした。

平山 「愛は地球を救う」ってやってるけど、チャリティでもなんでもないよね。裏じゃギャラぼっこぼっこ持ってってんだぜ。寄付はおまえらがしろ! みたいな。

京極 ノーギャラだったとしても突っ込みどころはたくさんありますね。「君は何となく良い人になったような気になれる祭」とか、サブタイトルがついていればなあ。とにかく「愛」という言葉は良くないですよ。僕は、自分の書くものから固有名詞以外の「愛」という感じを追い出したいと思って。使わないことにしました。

平山 だいたい、年に一回二十四時間やってみんな出し切っちゃうから砂漠ですよ。後の三六四日は愛のない世界になっちゃうんですよ。

京極 いや、それでなくなっちゃうなら大歓迎だけどもさ(笑)。

平山 この世に愛なんかないんだよ。そういうことでしょ黒ちゃん。便所で溜ってる人をグリっとするそんな世界ですよ。「びっ」ってなったらどうするんですか?

京極 だからそういう問題じゃないから(笑)。

平山 ところで、二人の付き合いはもう長いんだよね。二百年だっけ? 三百年?

京極 長いですね。黒くんは妖怪好きで、妖怪会議なんかもずっと来てくれてたし。

黒 世界妖怪会議ですね。

京極 怪大賞の奨励賞も獲ってるし、そのうえ第一回「幽」怪談文芸賞を受賞した人ですからね。今回の書き下ろしは六作目になるのかな。

黒 はい、六作目です。

京極 デビュー三年で長編六冊です。頼もしいですね。シリーズものもあるけれど、それぞれタイプが違う小説を書いている。

平山 だいたい黒ちゃんはさ、歯なしのパン中女が洗濯機盗んでったとか、たこ焼きでキャバの代金払うヤクザとか、変な話をいっぱい持ってるよね。

京極 なんか臭うと思って戸を開けたら同僚のじいちゃんが死んで腐ってた、みたいな話とか。

黒 いろんなところに就職してるので、たぶん話題がいろいろあるんですよ。

京極 どこかに就職したってそんな体験はあんまりないから(笑)。黒くんはデビュー前からウェブで小説をアップしてて、それがまた妙な味の小説で、楽しませてもらいました。でも、アマチュア時代の作品をプロデビュー後にまったく使ってないところが偉いと思いますね。もちろん通底するところはあるんだけども。たとえば、黒くんは「街囲い」が好きだよね。

黒 街からあまり出たことがないんで、街ものを書くしかないんですけど(笑)、街が大好きなんです。生まれ育った神奈川県の鶴見が大好き。

平山 へぇ、黒ちゃん、鶴見好きなの?

黒 平山さんもご近所なんですよね。僕は鶴見好きですよ。エアー暴走族とか出ますからね。赤信号を「百貫デブ」みたいな男が、見えないバイクに乗って「うわーっ」て走りますよね。

平山 そんな感じなんだよね。あそこは。

黒 そうなんですよね(笑)。

京極 そんなだから、好きなんですね(笑)

平山 俺が住んでたところのすぐ側に小学校があってさ。そこのプールで友達の女の子の子ども死んじゃってさ……。

黒 なんで急にそんな暗い話をするんですかっ。

平山 入って遊んでたら気づいたら底に沈んでてさ……。

京極 だから、あなた、なんでそんな暗い話するんですかって、黒くんも言ってるじゃないですか(笑)

平山 親父が葬儀屋だったの。で自分の娘を乗せた霊柩車の運転ができたのがよかったって……ん? よかったのかな?

京極 よかないでしょうに!

平山 そんなとこだよ。あのあたりなんか。

京極 住んでんだから黒くんだってよくわかってるでしょうが。

平山 そんな鶴見が俺も大好きっ!

黒 大好きですよ(笑)。じゃ、まあとりあえず合掌ということで。

京極 あのねぇ、後押ししてるのか前途を閉ざしてるのか、わからんですよ、これじゃ。

平山 でもさ、黒ちゃんはいろんな稀有な体験しているからね。それを小説に生かしてるわけでしょ。

黒 どうなんでしょうね? まだ生かしていないですよね?

京極 僕はですね、選考委員なんですね。怪談文学賞の。で、彼のことは昔からよく知っているので、彼が勝ち上がって来た時に、出来レースみたいになっちゃ絶対にいけないと思って、とにかく公平に冷静に慎重に厳格に審査にあたろうと努めたわけです。アマチュア時代の作品も読んでたし、本人がそういう体験を豊富に持っていることも知ってるわけですからね。公平というより、むしろうんと厳しくなったと思うんですよ。で、読んでみたらこれが予想と違うのね。ちゃんと一から創ってる。それでも、僕は厳しいことをかなり言ったわけですよ。必殺技を使ってないわけだから、弱いところはたくさんあったわけ。にもかかわらずぐいぐいと他を押し退けて、獲っちゃった。

平山 『夜はいつでもノンノしよ』だよね。得意技を封じて出してきたんだ。

京極 そうなんですよ。得意技を封じて勝負に打って出て、勝ったんですよ。実力ですよ。

平山 なるほど、相撲取りがシンクロで勝ったみたいなもんだね。

黒 平山さん! 『夜は一緒に散歩しよ』です!

平山 ところで、タイトルはこれなの?

黒 編集部から他にないかって言われたんですけど、昔っから考えていたタイトルなんで。

京極 だいたいねぇ、悩んだときは一番最初につけたのが一番いいんですよ。

平山 それあるね。

京極 全然気にする必要はないですね。出版社がわかりにくいって言うものは、だいたい読者には受け入れらます(笑)。

平山 俺もね『独白するユニバーサルメルカトル』じゃ長すぎだって言われた。

京極 僕のもタイトルが読めねえ、読めても意味わからねえって、そんなのばっかり(笑)。

平山 客が書店注文できないって。でも『ラブ@メール』は、いいじゃない。

京極 むしろいいね。

黒 そうですか。ありがとうございます。

京極 だいたいエンドユーザーのことをあまり考えませんね、出版社の人。自分たちの内輪で完結してることが多いですね。編集の人がそこでむっとしてますね(笑)。

平山 それで、書くのはどれくらいかかったの?

黒 結構難産でしたよね。

京極 最後まで書いて書き直したの?

黒 はい。最初に書いたのが、エボラ出血熱とかクロイツフェルト・ヤコブ病とか、そんなのばっかり出てきてたんで。生ナマしいからやめて……。

平山 生はねえ。生は敬遠されるんだよ。

京極 それは自分で「ちょっとまずいな」と思ったわけ?

黒 まずいなっていうか「エボラ出血熱」って連呼するのに、ちょっと耐え切れなくなって(笑)。ようやくなんとか納得できる形になるまでに結構かかりました。

京極 ああ、そういう直し方は正しいと思います。僕もよくやるし。

平山 でも、長い名前の連呼だと、それだけで六百枚ぐらい稼げるかもしれないね。

京極 書下ろしでしょ、この作品は。

黒 書下ろしです。

京極 書下ろしで字数稼いだってしょうがないじゃん(笑)。だいたいね。月刊誌の締切を十日以上過ぎてもまだ書いている平山先生じゃないんですからね。字数を稼ぐことないです(笑)。

平山 あれはまずかったよな。翌月号が出ちゃいますって、えらい怒られちゃったんだよ。悪いことしたよな。

京極 この間、各社編集者が一堂に集まる機会があったんですが、もうその話題で騒然となってましたねえ。口々にあり得ませんよねえとか言って。そうですよ。あなたの話題ですよ! 平山夢明先生。

平山 しかもギリもギリで書いてみたら話が終わらないってことに気がついて急遽、前後編になりました。ほんと心霊現象ですよね。

京極 テロですよ。ごめんちゃいではすみませんね。

平山 ほんと、そうなんだよ。毎日心入れ替えてやってるんだけどね。

黒 僕は締め切りって聞くとドキドキするんで間に合わせますよ。今回は予定よりかかってしまったんだけど、毎日気が重くて。重度の心配性なので、脱稿後も悪夢ばかりを見る、そんな毎日です。

平山 京ちゃんの締め切りのイメージは「崖」なんだって。

京極 崖? まあ落ちたら死にますってことですか? 落ちませんよ。近づきもしません。

平山 俺は「ハードル」なんだよね。哀しいけれど勇気をもって越えようって!

京極 飛び越えるんだ。閉ざされていると突き抜ける。行先が決まっていても通り過ぎる。締め切りはなんのためにあるんですか。

平山 破るために(笑)。

黒 破るために……。

京極 まあ、物理的にも破りますからね。いろいろ。チケットレスのゲートブレイカーですよ、あなたは。追いつめれらたジャック・バウアーじゃないんだから。

黒 破りまくってるんですね。

平山 大丈夫、大丈夫。

京極 良い子は絶対真似しちゃだめです(笑)。

京極 (ゲラの最後を読んで)これ、ラストを読む限り『ラブ@メール』はいいタイトルかも。

黒 ほんとですか。

平山 原爆とか使ってるんだっけ?

黒 使ってないですよ!

京極 まあこういうタイプのお話はぐちゃぐちゃになるから、途中面白くてもケツをまくれなくなって爆発オチが多いけど(笑)。僕は一応ざっとでも読んだのよ、今。

平山 ラスト一行がいいんでしょ?

京極 ラストが利いているって話ですよ。ほら、この一行。

平山 読んだ。おーう。いいねぇ。

黒 微妙な反応ですね。

京極 何だろうねえ。

平山 微妙でいいんだよ。そう来るとは思わなかった。

京極 どう来ると思ったのかしら。

黒 そう来るとはって……最初を読んでないから、ラストだってわからないんじゃ……。

平山 こー来るなら、あー行くのが普通だけど、そー行かないで、こー来たのがすごいよ、さすが黒ちゃんだよ。

京極 うーん、僕もそう思う(笑)。

黒 ほんとですかー(苦笑)。

平山 でもまあ、いいじゃないですか。御大のお墨付きももらったんですから。

黒 それは本当にありがいです。でも僕、ちゃんと後押ししてもらったんでしょうか?(笑)。

「小説宝石」二〇一〇年四月号収録